長尾さんの学生時代、日本の現代美術はニュー・ペインティングという新しい絵画が流行していた。ニュー・ペインティングで紹介されたアーティストは、ジュリアン・シュナーベルやバスキア、日本では大竹伸朗がいる。その絵画に対し疑念を抱きそれとは異なる絵画制作を試みてきた。それがモダニズム絵画である。現在の長尾さんの作品にはその絵画をより推し進めようとする意欲がみえる。
この作品を目の前にしたとき「すがすがしい風の皮膚感」との印象が生まれた。それを生み出す要素は色彩と形態にあった。画面の多くを占めるみどり色は「うすい・浅い・やわらかい」に属すような色合いである。また黄みのだいだい色はやさしい印象であるがみどりとだいだいは「対照の配置」にあり画面は活性化し、鑑賞者に強く働き掛ける。
キャンパスの生地がそのまま表象している部分がある。これはキャンパスに筆で絵具を置くことから絵画が始まることをあからさまに見せている。
多角形の模様が画面を横断している。このイメージは平面が変化を続けるための機能も果たしているが、多角形で描かれむしろ触覚的要素が強く視覚の暴走を安定させる機能が働いている。五感の役割として、視覚と触覚の関係にそのような相互作用がある。
ドローイングにより描かれたイメージは、具体的に何かを指示しているわけでもなくまた抽象形態でもない。日常的な事物イメージの断片のようにも見える。
この絵画は「地と図の関係」を明確に描き、そこから絵画独自の構造空間を探究するものではない。明確に描くとはゲシュタルト図のように、具象形態での地と図の反転状態を説明しているわけではないということである。断片化した色面が輪郭線からほどけた様なドローイングとどこか宙ぶらりんになり、浮遊しお互い絡み合いながら画面を構成している。画面のいたるところで、それらの反転が始まる。そこに長尾さんが云う「地と図の関係がすばやく入れ変わり画面をつくり出す」とはこのような絵の構造を指すと思われる。
報告 加藤隆明教養課程講師 協力 芸術計画学科合同研究室