5月28日から6月9日まで小野潤一さん(大学院修了05)の個展がおこなわれました。
いましがた水中から現れた少年は、両手に魚を抱えかすかに微笑みながら、その眼差しは遠くにいる誰かをみつめているように思えます。水面からあらわになる体はどこかひ弱で、幼さの残る表情とともに「海の男」というたくましさなど感じられぬ作品になっています。
彫刻の素材(FRP)の表面の色が夏の光に焼けた皮膚のイメージにつながり、鑑者を懐かしい夏の子どもの頃の風景に連れて行ってくれます。
FRPで制作された身体を透明樹脂に閉じ込める作業で、水中の風景を鑑者に見せる事ができます。樹脂の硬化中に鉄のストローを使用し発生させた気泡が、水中の世界をより強く感じる事ができます。透明樹脂を通過する光の屈折が中にある少年の像を歪め、彫刻でありながら不安定な光を捉える事がこの作品の一番の魅力となっているようです。
この展覧会では、「眠らない群れ」と題された魚を抱える少年の作品と少年像が円錐形(シルクハットのイメージ)の透明樹脂の中に置かれた作品「忘れられた場所で」では何かが大きく異なっているようです。これは彫刻の本質に関わることだと考えます。
「眠らない群れ」の作品表面が現実空間と接する面が、作品の全体とし、そしてそれは触れることによって作品の存在は知覚できます。しかし、「忘れられた場所で」は、触覚で知覚されるのは透明樹脂の円錐形であって、中にいる少年には触れる事ができません。それは視覚的作業により、視点の移動により変化し続ける少年の像を、いらだちながらも把握しようとしなくてはいけません。もしかしてこの作品の経験は、彫刻でありながら蜃気楼を追いかけるような不思議な感覚を呼び起こしているのかもしれません。
報告 加藤隆明教養課程講師 協力 芸術計画学科研究室